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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7246号 判決 1963年4月20日

判   決

水戸市新町六丁目

原告

安島旭吉

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人法務事務官

井上俊雄

同通商産業事務官

新倉隆

北川正

右当事者間の昭和三七年(ワ)第七、二四六号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

一、原告は、「被告は、原告に対し、金十万円及びこれに対する昭和三十七年十月二十四日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決及び仮執行の宣言を求めた。

二、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因)

原告は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三十三年九月一日、安島布の製造方法について特許出願をしたところ、昭和三十五年五月二十五日、その拒絶の査定を受けたので、同年六月二日、これに対して抗告審判の請求(昭和三十五年抗告審判第一、四三九号)をした。

通商産業技官審判官元橋賢治、同池谷貞雄及び同高村一木は、いずれも、昭和三十五年六月九日、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けたものであるが、その後二年有余の年月を経過するも、本件抗告審判請求事件の審理審決をしなかつた。

二、原告は、昭和三十六年十月頃から、右特許出願に係る特許を受ける権利について、近く特許されることを見越し、一億円の対価を得て、これを東洋クロス株式会社に譲渡する話合いをすすめていたのであるが、前項掲記のような事情から、特許される時期についても見とおしがたたず、これがため、昭和三十七年九月十一日、右話合いは、ついに、不成立に終つた。将来、右特許を受ける権利が特許された後においても、対価を得てこれを他に譲渡する見込みもなく、また、原告みずから、当該発明を実施するだけの資力もない。したがつて、原告は、右話合いの不成立によつて、金一億円の得べかりし利益を失い、これと同額の損害をこうむつたことになる。

三、通商産業技官等で審判官の職に補せられたものは、審判請求事件又は抗告審判請求事件を処理すべき審判官又は抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けたときは、その審判審決をすべき職務を有するから、国家賠償法第一条の「国の公権力の行使に当る公務員」に該当し、指定を受けた審判請求事件又は抗告審判請求事件についてすみやかに審理審決をすべき職責を有する。

原告が前項掲記の損害をこうむつたのは、前記各通商産業技官審判官が、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けながら、右職責を怠り、その審理審決をしないまま二年有余も放置したため、特許される時期が遅れたことによるものである。したがつて、前記各通商産業技官審判官は、その職務を行うについて、違法に原告に損害を与えたものというべきであり、しかも、当時、その違法行為によつて原告が前掲記の損害をこうむることあるべきを知つていたのであるから、右違法行為による原告の損害の発生について故意があつたものというべきである。

仮に、右違法行為による原告の損害の発生について前記各通商産業技官に故意がなかつたとしても、通商産業技官等で審判官の職に補せられたものは、特許庁長官により抗告審判の審判官として処理すべきものとして指定を受けた拒絶の査定に対する抗告審判請求事件の審理審決が遅れることになれば、特許される時期も遅れ、その結果、抗告審判の請求人が前掲記のような損害をこうむることあるべきを当然予測すべきものであるから、右違法行為による原告の損害の発生について前記各通商産業技官審判官に過失があつたものといわざるをえない。

よつて、原告は、被告たる国に対し、第二項掲記の損害金額の内金として、金十万円及びこれに対する前記各通商産業技官審判官の共同不法行為の後である昭和三十七年十月二十四日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

被告指定代理人は、答弁として、次のとおり述べた。

一、請求の原因一の事実は、認める。

二、同二の事実は、知らない。

三、同三の事実のうち、通商産業技官等で審判官の職に補せられたものが、原告主張のような職務を有する公務員であり、その主張のような職責を有することは、認めるが、その余は否認する。審判請求事件及び抗告審判請求事件の合計数に対し、通商産業技官等で審判官の職に補せられているものの数が極めて少ないため、一般に、抗告審判の請求があつてから審理を開始するまでに少なくとも三年以上の期間を要するのが実情であり、原告主張の各通商産業技官審判官が、その主張の抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けた後二年有余も審理審決をしなかつたからといつて、ただちに、その職責を怠つたものということはできない。

(証拠関係)≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一、原告が、昭和三十三年九月一日、安島布の製造方法について特許出願をし、昭和三十五年五月二十五日、その拒絶の査定を受けたこと、同年六月二日、右拒絶の査定に対して抗告審判の請求(昭和三十五年抗告審判第一、四三九号)をしたこと、通商産業技官審判官元橋賢治、同池谷貞雄及び同高村一木は、いずれも、昭和三十五年六月九日、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けたものであるが、その後二年余を経過するも、本件抗告審判請求事件の審理審決をしなかつたことは、当事者間に争いがない。

(右各通商産業技官審判官が、原告主張の期間、本件抗告審判請求事件を審理審決しなかつたことの違法性の有無)

二、通商産業技官等で審判官の職に補せられたものは、審判請求事件又は抗告審判請求事件を処理すべき審判官又は抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けたときは、その審理審決をすべき職務を有するものであるから、国家賠償法第一条の「国の公権力の行使に当る公務員」に該当するものというべきであり、また、特許庁長官の指定を受けて処理すべき審判請求事件又は抗告審判請求事件については、その担当する事件数とか、当該事件の複雑さの程度等諸般の事情に応じ、できるだけすみやかに審理審決をすべき職責を有することは、特許制度の目的とするところに照らし、極めて当然のことというべきである(なお、特許法(昭和三十四年法律第百二十一号)第百五十六条第三項の規定参照)。

しかしながら、前記各通商産業技官審判官が、いずれも、昭和三十五年六月九日、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けながら、その後二年余の期間を経過するも本件抗告審判請求事件の審理審決をしなかつたことをもつて、ただちに、国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うにつきその職責に違背してした違法な行為(不作為)と断ずることはできない。すなわち、成立に争いのない乙第一号証及び証人牧島昌三の証言を総合すると、審判官の職にある者は、極めて多数の審判請求事件又は抗告審判請求事件を担当しており、ことに、本件抗告審判請求事件を担当すべき審判官の属する機械部門においては、他の部門に比べて処理すべき事件数がもつとも多いため、抗告審判請求日の先後にかかわらず特許出願の日または実用新案登録出願の日の古い順序に従つて処理するという取扱い原則に従つて、昭和三十七年度においても、ようやく、昭和三十二年に特許出願又は実用新案登録出願をしたものに係る事件の一部の審理をしている状況にあること、前記各通商産業技官審判官においても、いずれもこれと同様で、昭和三十五年六月九日、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けて以来、二年余の期間、右原則をとくに変更しないかぎり、昭和三十三年九月一日特許出願に係る本件抗告審判請求事件の審理審決をすることは不可能な状況にあつたことを認めることができる。本件における全証拠によつてみても、以上認定した事実に反する資料は、一つも存しない。右認定の事実によれば、前記各通商産業技官審判官が、いずれも、昭和三十五年六月九日、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けながら、その後二年余の期間、本件抗告審判請求事件の審理審決をしなかつたことは、このような実情に対する一般的批判は別として、これをもつて、ただちに、その職責に違背する違法な行為(不作為)と断ずることができないことは、極めて明らかなことである。

(むすび)

三、以上説示のとおりであるから、前記各通商産業技官審判官において、いずれも、本件抗告審判請求事件を処理すべき抗告審判の審判官として特許庁長官の指定を受けながら、その後二年余の期間、その審理審決をしなかつたことがその職責に違背し、違法であることを前提とする原告の本訴請求は、進んで他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、原告の本訴請求は、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 米 原 克 彦

裁判官 竹 田 国 雄

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